御店のストアコンセプト、商品やサービスの商品コンセプト、サービスコンセプトは、顧客へのマーケティングを行う際の、全ての土台、骨組みとも言えます。ここでは、どのように、そのコンセプトを決めていけば良いのかについて、「顧客にとっての顧客価値(存在価値)とは何なのか」を念頭にしつつ、説明していきます。
なお、後ほど説明しますが、この顧客価値と各コンセプトは明確に区別する必要がありません。誤解を恐れずに示すなら、「コンセプト≒顧客価値」と理解していただいても良いでしょう。
1.顧客価値(存在価値)とは?(意味と小規模事業者にとっての重要性)
マーケティングを考える上で、すべての出発点となるのが「顧客価値」です。
顧客価値とは何でしょうか。それはズバリ、「御店が存在する意味や意義」「その商品やサービスが存在する意味や意義」です。
少し極端な言い方をすれば、その事業や商品が「消費者にとって無くてはならないものか」「もし明日なくなってしまったら、心底困る人がいるか」ということです。
「なぜ、私たちの事業は存続できているのか?」「なぜ、この商品は売れ続けているのか?」——この問いに真摯に向き合う事業者こそが、時代が変化しても長く愛され、安定した成長を遂げています。
この顧客価値を検討する際、絶対に忘れてはいけないことがあります。それは「事業者の独りよがりにならないこと」です。自分たちが「良いものだ」と思い込んでいる価値(事業者目線)と、お客様が「お金を払ってでも欲しい」と感じている価値(消費者目線)のズレをなくすことが、最も重要になります。

2.顧客価値を構成する種類(機能的価値・情緒的価値・体験価値など)
「顧客価値が重要なのはわかったけれど、何から考えればいいのかわからない」というご相談をよくいただきます。そこで、顧客価値をより具体的にイメージできるよう、5つの種類に分類して解説します。ご自身の商品やサービスに、どの価値が実装できるかを考えてみてください。

1)機能的価値
商品やサービスそのものが持つ、物理的・実用的なメリットです。飲食店で言えば、「おいしい」「安い」「ボリュームがある」「提供が早い」「駅から近い」などが該当します。
2)感性的価値
消費者の感性に訴えかけ、感動や共感、気持の高揚といった感情を促していく価値です。
3)情緒的価値
商品やサービスを利用した際に、顧客が感じる優越的な気持ちや、幸福を感じるような感情を、促していく価値です。商品やサービスを通じて、顧客の心に生まれるプラスの感情でもあります。「居心地が良くて癒やされる」「店主との会話が楽しい」「日常を忘れて特別感を味わえる」「自分へのご褒美になる」などが該当します。
4)経験的価値(体験的価値)
顧客が商品やサービスを認知してから購入、利用、アフターサポートに至るまでのあらゆる接点で得られる総合的な価値や感情を指します。単なる製品の性能や価格(機能的価値)だけでなく、その過程で感じる喜び、楽しさ、安心感といった情緒的な体験を含めた「選ばれ続ける理由」のことです。
5)自己表現的価値
商品やサービスを利用することで、自分のアイデンティティや、嗜好、選好、価値観等を表現できる価値です。
3.小規模店が大手チェーンに勝つための鍵:「機能的価値」と「情緒的価値」の違い
1)大手と同じ「機能的価値」の土俵で戦ってはいけない
多くの小規模な飲食店や食品メーカーは、どうしても「うちの商品・料理は他よりおいしい(機能的価値)」という土俵だけで勝負しがちです。
しかし、機能的価値は資本力のある大手チェーン店が最も得意とする領域です。「安くて、早くて、そこそこおいしい」を徹底的に追求する大手に、小規模事業者が同じ土俵で挑むのは非常に困難であり、過度な価格競争に巻き込まれて疲弊してしまいます。
2)情緒的価値こそが、自店だけの存在価値(顧客価値)になる
そこで重要になるのが、「情緒的価値(経験的価値や体験的価値を通して)」を高めることです。
5章で後述するような、「ただコーヒーが飲める(機能)」ではなく「誰にも邪魔されない自分だけの静かな時間を過ごせる(情緒)」といった、お客様の心の動きにフォーカスするのです。小規模店ならではの細やかな気配り、店主の想いやストーリー、独自の空間づくりなど、情緒的価値を深めることこそが、お客様にとっての「わざわざそのお店を選ぶ理由(=なくてはならない存在価値)」となります。
これからの時代、機能的価値を満たしていることは大前提です。その上で、自店がどのような「情緒的価値」を提供できるかを明確に言語化することが、強いコンセプト作りの第一歩となります。
4.顧客価値とストアコンセプト・商品コンセプトの重要な関係性
現場の支援でよくご相談を受けるのが、「顧客価値」「ストアコンセプト」「商品(サービス)コンセプト」の違いが分からない、というお悩みです。これらはバラバラに考えるものではなく、「1本の木(根・幹・枝葉)」に例えると非常にスムーズに理解できます。
・顧客価値(木の根:Why):お店や商品が「なぜ社会(地域や顧客)に存在するのか」「顧客のどんな悩みを解消し、どんな喜びを与えるのか」という根源的な存在理由です。
・ストアコンセプト(木の幹:Where&Who):上記の顧客価値を、お店という空間・接客・雰囲気を通して「誰に・どのような世界観で提供するか」を言語化した全体方針です。
・商品(サービス)コンセプト(枝葉:What&How):ストアコンセプトを具現化するために、個々のメニューや商品が「具体的に何を・どのように提供し、価値を感じてもらうか」を定めたものです。
つまり、土の中にある「自店の顧客価値(存在理由)」がしっかりと根を張って初めて、太くてブレない「ストアコンセプト(幹)」が育ち、そこに魅力的な「商品やサービス(枝葉)」が生い茂るのです。
注)顧客価値、ストアコンセプト、商品コンセプトを三角のピラミッド型に例えるなら、最上位の頂点が顧客価値、次いでストアコンセプト、最下段が商品コンセプト(サービスコンセプト)になります。つまり、ストアコンセプトを具現化するツールが商品であり、その商品はストアコンセプトを踏まえたもので無ければなりません。サービスも同様に考えます。

5.顧客価値を決めコンセプトへ落とし込む具体的な手順・作り方
1)珈琲専門店の顧客価値とコンセプト検討の事例から概観する
支援先が珈琲専門店を開業するにあたって、どういった顧客価値、ストアコンセプト、商品コンセプトを考えたのかを思い出しながら説明します。その事例を通じて、具体的に顧客価値をストアコンセプト、商品コンセプトに落とし込む流れなどを確認しておきましょう。

御紹介する支援先の珈琲専門店は、ただ美味しいコーヒーを飲む場所(機能的価値)ではなく、「一人で静かに過ごしたい」という情緒的価値にフォーカスした事例です。
▶顧客価値(木の根:Why):社会における存在理由・解消する悩み
「情報過多で常にスマホや仕事に追われている現代人が、日常から完全に離れ、脳の疲労をリセットするための『自分だけの空白時間』を提供する」
顧客が得る喜び:「誰にも邪魔されず、静寂の中で自分自身と向き合い、心身を整える安らぎ」
▶ストアコンセプト(木の幹:Where&Who):誰に・どのような世界観で提供するか(全体方針)
ターゲット(Who):毎日忙しく働き、一人になれる静かなサードプレイス(第3の場所)を求めているビジネスパーソン。
世界観・空間(Where):「私語厳禁・お一人様限定の、図書館のような静寂珈琲店」
言語化されたコンセプト:「あえて何もしない、1時間だけの静かな避難所」
▶商品・サービスコンセプト(枝葉:What&How):具体的に何を・どのように提供し、価値を感じてもらうか
商品(メニュー)コンセプト:「時間を味わうための珈琲」。例えば、注文が入ってから15分かけてゆっくりと抽出する「深呼吸ブレンド」。カップではなく、あえて砂時計とポットで提供し、砂が落ちるのを眺める「時間」そのものを味わってもらう。
サービスコンセプト:座席はすべて壁や窓を向いた半個室の1名席のみ。BGMはボーカル曲を排除し、微かな環境音(雨の音や川のせせらぎ)のみを流す。注文はQRコードで行い、店員との会話も最小限にする。
①この事例が示す「一貫性」の重要性:根(顧客価値)がブレないから、幹と枝葉が決まる
「自分だけの空白時間を提供する(根)」という明確な目的があるからこそ、「私語厳禁・お一人様限定(幹)」という尖ったストアコンセプトが生まれ、「砂時計と一緒に提供する・会話を最小限にする(枝葉)」という具体的なメニューや接客手法が論理的に導き出されています。
②ポイント:独りよがりな差別化を防げる
もし「顧客価値(根)」をすっ飛ばして「私語厳禁の店(幹)」や「砂時計で出すコーヒー(枝葉)」だけを真似ても、お客様には「ただのルールの厳しい店」「提供が遅い店」としか映りません。根っこにある「お客様への思い(Why)」がすべての土台である、という主張を裏付けることが重要です。
6.顧客価値を表現する具体的な構造
もっと詳細に説明すると、下図のように考えると良いでしょう。原則は、「顧客ニーズ+ウオンツ」、消費者目線においては「顧客ニーズのみ」「ウオンツのみ」でOKということになります。

上記の事例では、「安心して食べられる」という部分が顧客ニーズ、「子供の焼菓子」の部分が、ウオンツです。そして安心して食べられるというものは機能的価値と言えるでしょう。また「車内の国道101号線でラーメンなら・・」は経験的価値と言えるでしょうか。
なお、顧客価値(存在価値)の検討は、大きく3つのステップ(構造)で可能です。概ね下表のように考えることができます。

STEP①が特定存在価値(顧客価値)の決定、STEP②が一般的存在価値(顧客価値)の決定、STEP③が決定した存在価値(顧客価値)の需要開拓方法の検討、となります。
STEP①と②を起案する際、独り善がりな(事業者目線のみ)価値付けにならないように、STEP③を常々、念頭に、STEP①と②を起案していく必要があります。このステップ①を検討する際に、先ほどの5つの顧客価値の切り口を念頭に、整理していくこととなります。
7.顧客価値・コンセプトの成功事例(データ分析やジョブ理論の活用)
顧客価値を見つけるためのアプローチは様々です。 例えば、Googleの検索キーワード(サジェストワードやロングテールキーワード)のボリュームを分析し、お客様が「どんな言葉で悩みを検索しているか」から逆算して存在価値を決める方法があります。また、既存の口コミサイトの評価を徹底的に分析し、自店が気づいていなかった「隠れた情緒的価値」を発見することも有効です。さらに、「ジョブ理論(顧客はどんな用事・仕事(ジョブ)を片付けるために、その商品を『雇用』したのか?)」の視点を用いると、食品メーカーが新商品を開発する際の強力な武器になります。
1)Googleキーワードプランナーから顧客価値を決めた事例
①マフィン専門店の事例
Googleキーワードプランナーを使って、検索数の多いビッグワードを抽出しました。その上で、そのワードを実際に検索し、どのような記事がインターネットの上位表示に多いのか、どのようなニーズがあるのかを詮索したのです。マフイン周辺の検索ワードには、乳腺炎の罹患者や糖質を制限したい人がレシピを欲していること、あるいは、そのような商品を探していることがわかりました。
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罹患者や制限食の方に定着させたい顧客価値(自店)
・唯一の乳腺炎・糖質制限者向けマフィン
罹患者や制限食の方に認識されたい顧客価値(消費者)
・乳腺炎・糖質制限者も楽しめるマフィンは同店
②地方のドライブインの支援事例
自店への来店時の検索動向を調べました。結果、「所在する地域名 ラーメン」という検索ワードが一定量、調べられていることに着眼しました。その上で、店頭を通過する通行車のニーズに叶うよう、ラーメン メニューを根本的に見直しました。

ドライバーに対し新たに目指す顧客価値(自店)
・市内の国道101号線で1番ラーメンメニュー充実
ドライバーに認識されたい顧客価値(消費者)
・市内の国道101号線でラーメンなら同店
2)口コミサイトの批評から顧客価値を決めた焼菓子の事例
商品や御店に対しての悪口や批評は、見方を変えれば、消費者からの期待や要望ととれます。つまり、その期待や要望の中に、商品や御店の「お客様にとって無くてはならない存在」のヒントを得ることができます。支援先の食品メーカーでは、その悪口から商品コンセプトの見直しの改善点のヒントを得ることができました。
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そこで、悪口を整理して、どのあたりを改善していけば良いかを下図のように整理しました。
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結果、子供向けの焼菓子では、甘さを控えめにすること、サプリや健康視点を抑制して欲しいという顧客ニーズ(要望や期待)があることを見出し、次のように顧客価値(コンセプト)を整理したのです。
子を持つ保護者の方に定着させたい顧客価値(自店)
・国内で1番甘さ抑制し健康配慮の子供向け焼菓子
子を持つ保護者の方に認識されたい顧客価値(消費者)
・安心して常用させれる子供の焼き菓子は同社

3)自店の1次データを分析し顧客価値を決めた食料品専門店の事例
支援先の食品スーパーでは、売行きや販売点数の多い商品に着眼し、多用な視点でクロス分析を進めました。また商品群毎に相関分析を行うことで、交絡因子を見つけることが叶いました。
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健康に配慮した加工食品と量目の少ない刺身の販売量には、強い相関関係があるのですが、因果関係がありません。そこで見つけた交絡因子が、単身の高齢者の存在だったのです。
市内の方々に定着させたい顧客価値(自店)
・単身高齢者が買い回り易い市内№1の品揃え
市内の方々に認識されたい顧客価値(消費者)
・市内で単身の高齢者に親切なお店は同店
3)ジョブ理論で顧客価値を見つけた食料品製造業(食品メーカー)の事例
顧客価値を検討する際に、とても優れた理論があります。それがジョブ理論です。以下の記事で詳しい記事を用意していますので、そちらで理論の概念や思考手順を確認しておいてください。
⇒「ジョブ理論とは?わかりやすい具体例と飲食店・食品・宿泊業・農業での「ジョブの見つけ方」(顧客価値の発見)」
1)レトルト米飯事業者のジョブ理論活用で顧客価値を発見した事例
電子レンジで温めて食べるレトルト米飯を製造している事業者を事例に紹介します。
ステップ①:従来の御客様の使用している状況を想像する
主婦が、「電子レンジで御飯を温めて提供すると、旦那に手抜き料理だと思われる」という状況があることを、顧客調査で知っています。
ステップ②:ジョブ(状況における課題)の認識
しかしながら主婦は、調理を楽にしたいので、レトルト米飯は活用したい考えていることを知ります。それでいて「手抜きだと思われたくない・言われたくない」といった課題があります。
ステップ①:従来の御客様の使用している状況を想像する
主婦が、「電子レンジで御飯を温めて提供すると、旦那に手抜き料理だと思われる」という状況があることを、顧客調査で知っています。
ステップ②:ジョブ(状況における課題)の認識
しかしながら主婦は、調理を楽にしたいので、レトルト米飯は活用したい考えていることを知ります。それでいて「手抜きだと思われたくない・言われたくない」といった課題があります。
ステップ③:ジョブを解決や改善できるツールを雇用する
このジョブに気づいた食料品製造業は、電子レンジで炊飯することができる商品があれば、雇用される(利用される)のではと考え、下記画像のように、電子レンジで炊飯する米飯を開発しました。もちろん炊いていますので、手抜きと思われることもありません。


2)米菓製造業のジョブ理論活用で顧客価値を発見した事例
ステップ①:利用されている状況を想像する
翌日に地元の顧問先に、出張先で土産を買って、訪問することがあることを伝えました。選ぶ基準は、見栄を張れるか、話題になるか、等々です。
ステップ②:ジョブ(状況における課題)の認識
顧問先で、渡して恥ずかしくなく(見栄が守れ・見栄が張れる!)、話題が弾むような御菓子があると嬉しいと、筆者は思っていました。
ステップ③:ジョブを解決や改善できるツールを雇用する
支援先の米菓製造業の経営者に、この「見栄が張れる!」という主旨を伝えたところ、日本で1番価格が高い高級な米菓を開発してくれた。半分は醤油味、半分は米の味(秋田県はコメの産地)を楽しめるように味無し(プレーン)といった「1枚で2度おいしい」米菓であった。多くのお土産を「見栄を張れる」というジョブのために必要とする方々に、最適な米菓が誕生しました。

7.【重要】モノ売りからコト売りへ:顧客価値(交換価値・使用価値・文脈価値)の本質
ここからが、現代のマーケティングにおいて最も重要な核心部分です。よく「モノ売りからコト売りへ転換しよう」と言われますが、これは具体的にどういうことでしょうか。価値の捉え方の進化である「3つの価値」から紐解きます。
1)交換価値(お金とモノの交換)
企業が商品を製造し、それに価格をつけて販売することで成立する価値です。「100円の価値があるお茶を、100円で買う」。これは、企業側が価値を決定して顧客に提供するという、従来型の「グッズ・ドミナント・ロジック(G-Dロジック:モノ中心の論理)」に基づいた考え方です。しかし、モノが溢れる現代では、これだけでは選ばれません。
2)使用価値(使って初めて生まれる価値)
商品そのものに価値があるのではなく、「顧客がそれを使用した時に初めて価値が生まれる」という考え方です。 例えば、どんなに高級なクラフトビールでも、瓶に入って棚に並んでいる状態では、ただの液体(交換価値)です。しかし、それを仕事終わりにグラスに注ぎ、喉を潤して「あぁ、今日も一日頑張ったな」と幸せを感じた瞬間に、初めて本当の価値(使用価値)が生まれます。これが「コト売り」の第一歩です。
3)文脈価値(コンテキスト価値:状況が価値を最大化する)
さらに進んだのが「文脈価値」です。これは、お客様が置かれている「状況・背景・ストーリー(文脈)」にピタリとハマることで、価値が何倍にも跳ね上がる現象を指します。 例えば、秋田県の美しい風景や、地元を舞台にした映画の公開にあわせて、その地域でしか飲めない特産品を味わう。単なる「美味しい飲み物」ではなく、「この特別な場所で、この瞬間に味わうからこそ最高なんだ」という感情。これが文脈価値です。お客様の生活の文脈を読み解き、そこに商品をどう位置づけるかが、圧倒的な競争優位性を生み出します。
㊟商品、サービスがもたらす知識・スキルの消費プロセスにおいて、もたらすであろうベネフィットの中から、消費者が認識した時点で実感する価値とも言えます。それは、コンテクスト(背景、状況、場面)によって、その価値を気付くこともあるし、気づかないこともあるという考えです。つまり、顧客が置かれている状況次第なのです。
コンテクスト(背景、状況、場面)のイメージは、例えば、漁港の近くの食堂で、鮮度の良い刺身定食を食べる場面で理解できます。漁港近くなので、鮮度の良いものだと、刺身定食を、とても満足する状況でいただくことが出来るでしょう。しかしながら、牧場に併設のカフェレストランで、鮮度の良い刺身定食を食べる場面では、漁港の近くの食堂で食べる時より、美味しく満足する程度は低いでしょう。
このように、置かれている背景、状況、場面によって、実感する価値は変化します。
8.サービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)から見る新しい顧客価値
第7章で触れた「使用価値」や「文脈価値」の根底にあるのが、「サービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)」というマーケティングの新しい世界観です。
従来のG-Dロジックでは「有形のモノ」を中心にビジネスを考えていました。しかしS-Dロジックでは、「すべてのビジネスは『サービス』の提供である。有形のモノ(製品)は、そのサービスをお客様に届けるための『媒体(ツール)』に過ぎない」と考えます。
スーパーの棚に並ぶ「レトルト食品」を例にしましょう。お客様は「袋に入った食品(モノ)」が欲しいのではありません。「忙しい平日の夜に、家族に美味しくて温かい食事を、たった5分で提供できる(サービス)」を買っているのです。
この視点に立つと、食品メーカーも飲食店も「自分たちは何のサービスを提供するための媒体を作っているのか?」と問い直すことができ、全く新しい商品コンセプトが生まれます。
コラム:サービス・ドミナント・ロジックと文脈価値
サービス・ドミナン ト・ロジック(Service-Dominant Logic、 以下S・D ロジック)は、Vargo and Lusch(2004)が提唱しました。「すべてはサービスの交換であり、そのサービスを提供し顧客に満足を与えるための手段として、グッズ(モノ)がある」という考えです。
価値を生み出すのは企業と顧客の双方であり、様々な顧客接点や相互作用を通して、双方向的な形で価値は共創されると思考します。この考えにおいては、購買の前後の様々な文脈の中で、企業と顧客の共創によって実現される「使用価値」(value-in-use)ないし 「文脈価値」(value-in-context) を重視する点に特徴があります。近年、業績が良い飲食店や食料品製造業等のマーケティング活動で重視される傾向が強まっています。

サービス・ドミナント・ロジックの概念は、モノ売りからコト売りへ捉えなおすことで可能です。その際、上図に示すように、交換価値、使用価値、文脈価値について、理解を深めることが重要です。
コラム:グッズ・ ドミナント・ロジック(G・D ロジック)
価値を生み出すのは企業であり、モノとしての製品に埋め込まれた価値が、企業から顧客へと一方向的に提供されるという考えが『グッズ・ ドミナント・ロジック(Goods-Dominant Logic、以下G・D ロジック)』です。これは、少し古いマーケティングの考えになります。この考えにおいては、購買時にモノが貨幣と交換される際の交換価値(value-in-exchange)を重視する傾向があります。
コラム:G・DロジックとS・Dロジックの相違
さて、なかなか難しい概念を説明しましたが、要するに、商品やサービスを売って終わり(G・Dロジック)という時代は終わったということです。これからは、顧客の暮らしや生活に寄り添う考え、価値共創が重要なのです。企業と顧客が協力して、新たな価値を創り出すことを価値共創といいます。価値共創では、顧客の意見やニーズを取り入れて共に価値を生み出すことを重視しているのです。念のため、S・DロジックとG・Dロジックの相違を下表にまとめておきますね。

コラム:S-Dロジックの類似概念「サービス・ロジック」と文脈価値の深いつながり
S-Dロジックと非常に似た概念に、北欧学派(ノルディック・スクール)のクリスチャン・グロンルースらが提唱した「サービス・ロジック」というマーケティング理論があります。
S-Dロジックが「すべての経済活動はサービスの交換である」という大きな世界観(マクロ視点)を提示しているのに対し、サービス・ロジックは「企業と顧客の具体的な接点(インタラクション)」により焦点を当てた、実践的な視点を持っています。
サービス・ロジックにおいて最も重要視されるのが、第7章でも触れた「使用価値(Value-in-use)」です。企業は価値そのものを作って渡すことはできず、あくまで「価値提案(価値を生み出すための手助け)」しかできません。顧客が商品やサービスを日常の中で「使用した時」に初めて価値が生まれると定義しています。
さらに、この使用価値を深く突き詰めていくと、必然的に「文脈価値(Value-in-context)」へと行き着きます。なぜなら、顧客が商品を使用する状況(いつ、どこで、誰と、どんな気分で使うのかという文脈)は常に異なり、その「文脈」によって生み出される価値の大きさが全く変わってしまうからです。
例えば、同じ一杯のコーヒー(機能)でも、「仕事の締め切り直前に気合を入れるために飲む(文脈)」のか、「休日の朝に家族とリラックスしながら飲む(文脈)」のかで、顧客が感じる価値(使用価値)は異なります。 つまり、サービス・ロジックの視点に立てば、「企業は、顧客の日常のどのような『文脈』に入り込めば、最も高い価値を感じてもらえるのか?」を徹底的に想像することが、選ばれるための鍵となるのです。
9.価値共創マーケティングの実践:顧客と共に価値を生み出す仕組みづくり
S-Dロジックの行き着く先が「価値共創(Co-Creation)」(コラムで触れた言葉)です。 価値は、企業が工場や厨房で一方的に作って提供するものではありません。企業と顧客が、一緒になって初めて価値を創り上げるのです。
・B2C(消費者向け)の価値共創事例: 地域の特産品を使った新メニューを開発する際、SNSを通じて地元のお客様から「こんな味付けがいい」「こんな名前がいい」と意見を募り、開発プロセスそのものを共有する。完成した商品は、単なるメニューではなく「みんなで作った地元の誇り」という強烈な価値を持ちます。
・B2B(企業間取引)の価値共創事例: 大規模な展示会(トレードショー等)において、食品卸売業者が単に自社の商品をバイヤーに売り込む(交換価値)のではなく、バイヤーの抱える「売り場のマンネリ化」という課題に対し、一緒に魅力的な陳列棚やPOPの提案を考える。これも立派な価値共創です。
お客様を「単なる消費者」ではなく、「価値を一緒に作り上げるパートナー」として位置づけること。これが、これからの時代に選ばれ続けるための最強のマーケティング戦略(価値共創マーケティング)です。
10.顧客価値と顧客ニーズの関係性と相違
蛇足ですが、ここも誤解が多いので、説明しておこうと思います。顧客価値と顧客ニーズは似て非なるものです。
顧客ニーズは顧客が抱える「課題や解決したい目的・要望」そのものを指し、「顧客価値」とは企業が商品・サービスを通じて提供する「顧客にとってのメリット(解決策や満足)を指します。つまり、ニーズは出発点であり、価値はその結果として提供されるものです。
例えば次のような感じです。
・顧客ニーズ:時間が無いので10分以内に食べ終わりたい(でも腹いっぱい食べたい)
・顧客価値:注文から手渡しまでに2分・8分以内で食べ終わる量(でも満足感がある)
顧客ニーズについて、もっと知りたい方は以下の記事を参考にどうぞ。
⇒顧客ニーズとは?潜在・顕在ニーズの違いと飲食・食品・小売業での把握方法【事例付】
11.最後に
今回は、店舗や商品の「存在価値=顧客価値」をどう見つけ出し、コンセプトに落とし込んでいくか、さらには「モノ売りからコト売り」という本質について、S-Dロジックや価値共創の視点を交えて詳しく解説しました。
顧客価値を徹底的に言語化することは、決して簡単な作業ではありません。しかし、これを避けて通ることは、大海原に羅針盤なしで船を出すようなものです。 自社の強みと、お客様の心の中にある「本当の理由」が合致するポイントを見つけることができれば、必ずや「あなたから買いたい」「あなたのお店に行きたい」と言われる、選ばれ続ける事業になります。
ぜひ本記事を参考に、一度立ち止まって、自社の「顧客価値(木の根)」を見つめ直してみてください。
Q&A:顧客価値やコンセプト作りに関するよくある質問
Q1: 顧客価値とは簡単に言うと何ですか?
A: 顧客価値とは、一言でいえば「そのお店や商品が、お客様にとって存在する意味(存在価値)」のことです。単なる商品のスペックではなく、「それがなくなったらお客様が困る理由」や「わざわざそのお店を選ぶ理由」を指します。
Q2: モノ売りからコト売りへの転換とは、具体的にどうすることですか?
A: 商品そのもの(モノ)を売るのではなく、その商品を通じて得られる「体験や喜び(コト)」を売るアプローチです。例えば、美容室が高性能なシャンプー台(モノ)をアピールするのではなく、「月に一度、日常のストレスから完全に解放される極上のリフレッシュタイム(コト)」として提供することです。
Q3: 文脈価値(コンテキスト価値)とは何ですか?分かりやすい例を教えてください。
A: 商品そのものの価値だけでなく、顧客の「状況・背景(文脈)」に合わさることで生まれる価値です。例えば、同じ「温かい缶コーヒー」でも、暖かい部屋で飲むのと、真冬の屋外での農作業の休憩中に飲むのとでは、後者の方が圧倒的に高い価値を感じます。これが文脈価値です。
Q4: 価値共創マーケティングとはどういう意味ですか?
A: 企業が一方的に価値を作って顧客に提供するのではなく、顧客と企業が「一緒になって価値を創り上げる」という考え方です。例えば、地域の特産品を開発する際、SNSで顧客から味のアイデアを募集したり、製造過程を共有して一緒に盛り上げたりする手法が該当します。
Q5: サービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)とは何ですか?
A: すべての経済活動を「サービス(知識やスキルの提供)の交換」と捉えるマーケティングの新しい視点です。有形の商品(モノ)であっても、それは顧客にサービスを提供するための「媒体」に過ぎず、顧客が実際に使用して初めて価値が生まれる(使用価値)と考えます。
参考記事:本記事の作成には、当事務所の受賞論文の他、種々の論文等を参考にしています
Vargo and Lusch(2004)、Vargo and Lusch(2008)、Vargo and Akaka(2009)、Lusch,Vargo and Wessels(2008)、Chandler and Vargo(2011)、スティーブン・L・バーゴ、ロバート・F・ラッシュ (著), 井上 崇通 他 (訳)『サービス・ドミナント・ロジック』(同文舘出版)、クリスチャン・グロンルース (著), 舘野 泰一 他 (訳)『サービス・マネジメントとマーケティング』(ピアソン・エデュケーション / 白桃書房など)、C.K. プラハラード、ベンカト・ラマスワミ (著), 恩藏 直人 (監訳)『価値共創の未来へ-顧客と企業のCo-Creation』(ランダムハウス講談社)、バーンド・H・シュミット (著), 嶋村 和恵 他 (訳)『経験価値マーケティング』(ダイヤモンド社)、クレイトン・M・クリステンセン (著)『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
★顧客価値を動画でも学べます
参考:日刊工業新聞社賞 受賞論文
存在価値の見つけ方の参考に御利用ください。
初稿:2021年11月14日
加筆修正:2024年2月3日 、2025年2月24日、2025年2月26日、2025年12月17日、2026年2月21日、2026年3月17日、2026年3月19日
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飲食店のメニュー開発や食品メーカー(製造業)の商品開発の記事
久保 正英(中小企業診断士・マーケティングコンサルタント)

加工食品事業者や飲食店等の消費者向け商売の「マーケティング」戦略立案と実行支援に日々取り組む。 支援する事業者のスキルや、置かれている事業環境を踏まえた「実現性の高い」支援が好評である。
講演やセミナー、執筆においては、「出来ることから出来るだけ実行」をモットーに、実効性の高い内容を傾聴、傾読できる。
2016年には、記号消費論を活用した「集客の手法論」を広く世間に公開し、その内容が認められ「中小企業庁長官賞」を受賞した。
近年は、存在価値論を支援研究テーマに掲げる一方、農林水産省や環境省の委員を2013年以降現在まで歴任しており、飲食業、食品製造業、農業、水産業といった業種の政策への提言も積極的に行っている。
主な著書に『飲・食企業の的を外さない商品開発~ニーズ発掘のモノサシは環境と健康(カナリア書房)』 『「お客様が応援したくなる飲食店」になる7つのステップ (DO BOOKS・同文館出版)』がある。













