食料品製造業(食品業界)の市場動向と展望

1.コロナ禍の影響振り返り

2020年以降、新型コロナウイルス感染症の流行によって様々な影響を受けることになりました。社会全体で感染拡大を抑えるために設けた多くの制約により、経済にも深刻な影響を及ぼしました。また生活様式の変革が求められ、テレワークの実施、外食のテイクアウト・宅配シフト、買い物のオンライン化、旅行や移動の自粛など、様々な産業において、短期間で大きな変化を経験することになりました。

⑴コロナ禍前後の市場動向
①加工食品市場動向
まずは食品市場の動向を確認していきます。コロナ禍前までほぼ横ばいで推移していた加工食品市場規模は約22兆円で、コロナ禍の影響を受けた2022年は前年比97%と落ち込みました。一方で生活必需品が多く、自宅での消費が多くなった加工食品市場のコロナ禍による落ち込みは他の産業・市場よりも緩やかでした。例えば外食産業を見ると、2020年は前年比85%程度となっており、行動制限による影響は大きいといえます。

図表1-加工食品総市場規模推移(出所:富士経済2023年食品マーケティング便覧)

②カテゴリー別トピックス(富士経済のカテゴリー分類による)
次にカテゴリー別の状況を深掘りします。菓子カテゴリーでは口中清涼菓子のトレンド変化が大きく、2019年まではオフィス需要の高まりでグミや口中清涼菓子が伸長し拡大傾向でした。しかし2020年以降のコロナ禍による外出制限やテレワークにより、口中清涼菓子やガムの市場が縮小しています。チョコレートは巣ごもり需要などで大袋タイプの需要が拡大した一方で、インバウンド需要が消失し、抹茶フレーバーやギフト系の需要が減少しました。デザートカテゴリーは、大人向けの高単価の需要が増加し、堅調な推移となりました。コロナ禍で家庭内の喫食が増え、市販用アイスクリームの需要が増加しました。またヨーグルトは一時期を牽引した機能性ヨーグルトが苦戦し、全体ではマイナス傾向となっています。
飲料カテゴリーは、様々なトレンド創出を繰り返し、安定成長で推移してきました。しかし2020年はコロナ禍における巣ごもりにより、CVSや自販機チャネルでの需要が減少し、市場が縮小しました。アルコールカテゴリーは、若年層のアルコール離れと一人当たりの飲酒量の減少により、2016年以降縮小基調で推移していました。コロナ禍においても業務用の打撃は大きく、市販の家飲み需要の増加をカバーできませんでした。嗜好品カテゴリーは、市販用緑茶とコーヒーともに低迷し、2017年からコロナ禍の 2020年まで前年割れが続きました。その後の巣ごもり需要でコーヒーの需要が回復し、ようやく前年超過に転じることになっています。
冷凍食品を含む調理済み食品カテゴリーは、家庭環境の変化による簡単・簡便化のトレンドで、市販用が市場拡大傾向で推移していました。さらにコロナ禍の買いだめ需要や内食回帰により、落ち込むことなく市場を拡大させています。麺類・米飯類カテゴリーは、コロナ禍においても簡便の優位性が奏功し、家庭内需要増による市場拡大が続きました。調味料・調味食品カテゴリーは、共働き世帯の増加、簡単・簡便ニーズの高まりにより、安定した市場の成長をしていました。コロナ禍においても市販用は内食需要により堅調に推移しましたが、業務用は外食産業の影響を受け低迷しました。

図表2 カテゴリー別構成比(出所:富士経済2023年食品マーケティング便覧)

⑵コロナ禍の環境変化
コロナ禍においてはこれまで経験したことがないような行動変容を余儀なくされ、消費者のトレンドや消費するチャネルも大きく変革しました。2020年4月には最初の緊急事態宣言が発令され、特に大きな影響が生じた時期となりました。 

①消費者トレンドの変化
2020年に起こった主な消費者行動の変化について振り返っていきます。
ⅰ)外出自粛・巣ごもり需要
緊急事態宣言に伴う外出の自粛により、自宅での生活を余儀なくされ、「巣ごもり消費」に転換していきました。外食産業は大きな影響を受ける一方、家庭内需要の増加から、食材の購入先となる近隣のリージョナルスーパーは安定した成長となりました。チャネルの特性も大きく影響し、CVSは都心型・オフィス立地の苦戦もあり、2020年に客数・売上高ともに軒並み前年割れとなりました。ドラッグストアは食品を含む品揃えの豊富さにより、コロナ禍でも伸長した経路となります。コロナ禍前に市場を牽引したインバウンド需要は消失しましたが、生活に寄り添った品揃えと値ごろ感により、拡大基調を維持しています。巣ごもり需要で急成長したチャネルはECや宅配であり、食品EC市場は2020年に前年比21%(2019年は前年比8%の成長)と飛躍的に伸長し、売上規模も2兆2000億円となりました。
ⅱ)テレワークの浸透と拡大
生活環境の変化として大きな要素にテレワークの拡大が挙げられます。これまでフレックス制度自体は存在しながらも、ほぼ同じ時間帯に同じ通勤手段でオフィスに向かっていた人々が、一切の移動をやめ、自宅などの場所で業務に従事し、テレワークがコロナ禍のスタンダードな働き方に変化していきました。医療関係者はもちろん、工場や現場作業者等、テレワークに移行するのが困難な方々はいたものの、国土交通省の調査によると、首都圏で約40%以上がテレワークに移行したとみられています。 
ⅲ)オンライン化
食品EC市場の拡大については前述の通りですが、コロナ禍におけるインターネットを通じた支出の増加は顕著であり、食品以外の領域・カテゴリーでオンライン化は急速に進んでいます。様々なサービスにおいてEC構成比・キャッシュレス決済が拡大しており、今後食品市場に関してもEC構成比が高まると考えられます。

図表3 物販系分野のEC市場推移(出所:経済産業省「令和3年度デジタル取引環境整備事業(電子商取引に関する市場査)」)

ⅳ)容量・形態の変化、容器・包材への配慮
コロナ禍前は若年層の消費多様性が増し、また高齢化による世帯人数の減少により、小容量の使い切り、パーソナルパッケージ化が進んでいました。一方コロナ禍で外出制限がかかると、まとめ買いや大容量のストック型消費に移行したとみられます。ファミリー層では食品の冷凍保存の機会が増加し、2台目の冷蔵庫を購入して食材をまとめ買いして保管するなどの動きが広まりました。また容器・包材への配慮としてプラスチック削減の動きが加速しました。レジ袋の有料化もコロナ禍の2020年7月からで、今後日本でも環境配慮型の容器や包装形態を選択することが、エシカル消費を活性化させることにつながると考えられます。

②ライフスタイル自体の変化
コロナ禍における生活様式の変化に目を捉われがちですが、コロナ禍前から起こっていたそもそものライフスタイルの変化についても把握しておく必要があります。ポストコロナ時代を生き抜く新たなビジネスモデルを検討し、実践する際に、コロナ禍の特異な行動変容への対応だけでは不十分で、本来起こっていたライフスタイルの変化にも着目することが重要です。事業の成功可能性を追求した場合、最新のニーズを把握し、今後の変化に寄り添った対策を講じる方がより効果的となります。
 
ⅰ)ワークライフバランスの見直し、家族志向、男性の家事参加、家事ソリューションの多様化
そもそもコロナ禍前に変化の兆候はありましたが、コロナ禍の巣ごもり・テレワークにより、さらに顕在化された変化になります。大企業を中心に支援制度も充実してきていますが、性別や日本古来の固定観念に捉われない柔軟性が求められます。
食品の領域では家庭内の料理・食事に関して、変化を敏感にキャッチし、いつ・誰が・何を・どのように消費する傾向にあるのかを把握し、対策をしていく必要があります。

ⅱ)社会連帯意識の醸成
SDGsやESG投資の重要性に目が向けられ、企業活動が自らの利益だけでなく、社会全体への貢献を通して、どのような発展をしていくのかを企業自体が当然のように示していくことが世界的な潮流となってきています。特に感度の高い若年層(Z世代)は、この考えを自らの消費活動にも取り入れることが多くなってきており、社会貢献や地球への配慮など、メッセージ性の高い取組みをソーシャルメディアで共有し、共感を求めるようになってきています。

ⅲ)健康意識の高まり、手軽に健康
コロナ禍により、未知の病に対する根本的な不安から健康志向の高まりは加速しているといえます。人類がコロナに罹患しないように生活環境や行動を見直し、日々努力していた事実は、予防医学の発展を証明する結果ともいえるでしょう。そのため今後さらに予防的ヘルスケアの重要性は増すと考えられます。

ⅳ)食探求心の高まり、情緒的な満足
消費の二極化が進んでおり、今後はより情緒的な消費が活性化すると考えられます。自らのこだわりに合致した商品・サービスにはお金を使い、その他の生活を満たす最低限の活動に対しては消費を節約する傾向にあります。価値観の多様性もあり、型にはめて定義し、議論すること自体が難しくなっていますが、個々の潜在ニーズを把握することが重要になってきています。

ⅴ)デジタルリテラシーの高まり
ソーシャルメディアツールの多様化、AIの台頭により、デジタルツール無しでは生活が困難になっていきています。高齢化が進む日本においても、テレワークの普及によりデジタルに関する対応は進んでおり、中小企業としても今後のビジネスモデルの構築や推進、その成功において、IT化やDXの検討は必須となっています。

③外部環境の変化
ⅰ)内需回帰
コロナ禍においては様々な内需回帰の取組み、施策がおこなわれてきました。インバウンド需要が消失し、戦略の方向性見直しを余儀なくされ、小売業店頭での品揃え、商品開発のコンセプトなどにも影響が出たと推測できます。2020年はほとんどの産業は苦戦し、食品業界でも多くのカテゴリーは前年割れとなりました。そのためまずは国内向け需要の回復に努める傾向が強く、内需回帰の潮流となっていきました。ただし成果にはバラつきがあり、巣ごもり需要に対応できる小売業などは堅調な成長を見せましたが、コロナ禍で幾度となく繰り返された感染者増加の波により、旅行や外食喚起の施策は成功とは言えない状況でした。ようやくポストコロナ時代を迎え、回復基調の訪日客への対策とオーバーラップする形で国内旅行や外食消費が活性化してきています。コロナ禍の経験を経て、日本国内における需要を掘り起こし、再度活性化させようとする動きは今後も続くと考えられます。 

ⅱ)原材料・人件費高騰 
コロナ禍で経験している外部環境変化の中には、あらゆる価格高騰による商品価格の上昇が挙げられます。要因は多岐にわたっており、コロナ禍における世界的な経済環境の変化、商品需給バランスの変化、コロナ禍前より顕在化されていたエネルギー価格や原材料コストの上昇などが考えられます。他方でロシアのウクライナ侵攻による影響で世界的なサプライチェーンの変化や、各国の経済対策によるインフレ率の上昇など政治的な要素も関係しており、物価高の流れは止まりそうにありません。度重なる価格の変更を経て、製造業・外食産業などで吸収することの難しさは理解されつつありますが、現在はまだ賃金上昇が追い付いていない状況でもあります。今後食品価格の上昇は恒常化する可能性があり、価格改定のタイミングや理由付けを明確にしていかないと急速な客離れを起こす原因となりかねません。また人手不足も深刻な問題となっており、アルバイト・パート時給はコロナ禍前の1.5倍程度に上昇していますが、それでも思うように人財が確保できない状況となっています。優秀な人財を確保するための費用が必要となっており、事業の維持・拡大においてヒトへの投資は重要な要素となってきています。

ⅲ)売上減少による省人化・省力化
コロナ禍の行動制限において進んだことに省人化・省力化があります。小売業でのセルフ・セミセルフレジ対応や飲食店のタッチパネルでの注文など、コロナ禍の感染対策とともに効率性を重視したオペレーションが広まりました。コロナ禍の厳しい環境により、固定費を削減する方策として省人化は飛躍的に進んだといえます。一方で今後の経済回復を加速させるためには、ヒトの手による創意工夫は、差別化の観点でも重要となり、前述のようにやむを得ず手放してしまった人財の再確保が必要になってくるはずです。

2.今後の展望

ここまでコロナ禍の環境変化を見てきましたが、今後の業界トレンドや前述のライフスタイルの変化を踏まえ、ポストコロナ時代の展望を予測していきます。消費の価値観が時代とともに変化してきており、これまで以上に消費の意味や理由、存在意義を深掘りしていくことが重要となります。

①食シーン・消費する場所の多様化、無くなるチャネルの垣根
今後商品を購入する場所や消費するシーンはますます多様化すると考えられます。これまで業態やチャネルといった分類で消費者の購入場所を想定し、販売戦略を立案することが一般的でしたが、ECの構成比が高まる中、生産と消費の距離感が近くなってきているといえます。生産と消費の同時性はサービスの特徴の1つでしたが、近い将来食品の消費もますますサービス化していくと推測されます。消費者が欲しいと思った時にアプローチできる環境づくりが重要で、自社のオンラインショップ整備はもちろん、ユーザー目線のSEO(検索エンジン最適化)対策は必須となります。

②時短・簡便と情緒的満足のバランス
ライフスタイルの多様化から、単純に時間を短縮できる、簡単に調理ができるだけでは消費に至らず、情緒的な満足感を充足する工夫が重要になってきています。時に簡便性を求める共働き世帯は増加しているものの、かつて「言い訳消費」と呼ばれていたネガティブな側面だけでは消費を喚起することが難しくなっており、消費者の情緒的満足を得るポジティブなコンセプト設計が必要です。秋田県の「三吉フーズ」は、農家こだわりの「無火炊飯」という新しいコンセプトにより、電子レンジを使って短時間で炊ける秋田県産米の消費活性化に貢献しています。消費者にとっては、炊飯の時間を短縮した上に新鮮で美味しいご飯が楽しめる満足感があり、今後の参考になるコンセプトの事例です。

図表4 三吉フーズの「無火炊飯」(出所:2022年1月14日 日本経済新聞記事より)

③サステナブル・リジェネラティブ意識の醸成
消費の価値観が多様化し、消費者のサステナブルの意識が高まってくることが予想されます。日本人のエシカル消費の高まりだけでなく、現在欧米からのインバウンド顧客も急増しており、外国人の先進的な取組み姿勢に刺激されていくことも想定されます。海外の動向にも目を配り、自分事として事業に組み込み、戦略的な対応が重要になります。
例えば、「Renewal Mill」というアメリカの企業は食品副産物のアップサイクル(廃棄物や副産物を捨てずに手を加えることで価値のある商品に変えること)に取り組んでいる企業です。元々食品ロスを減らすために、豆乳の製造過程で出るおからを利用して栄養価の高い別の商品を開発・発売していましたが、現在はおからに限らず、オート麦やぶどうの搾りかすなど、様々な副産物のアップサイクルにチャレンジしており、今後参考になる事例といえます。
日本においてもおからだけでなく、酒粕・醤油粕など日本特有の食品製造副産物が多く存在しています。これまでは活用に頭を悩ませるケースも多かったですが、今後リジェネラティブの観点からビジネスチャンスと捉え、参入していく事業者が増えていく領域になると考えられます。

図表5 Renewal Millのおから原料(出所:Renewal Millホームページより)

④情報発信、コミュニティの多様化
情報発信ツールも多様化しており、ソーシャルメディアも機能の変更や新規参入など動きが活発となっています。一方でかつて人気のツールが支持されなくなってきているケースも散見されます。重要なのは設定したターゲットに効果の高い情報発信ツールを選択することです。インバウンド顧客や海外の需要を取り込みたい場合は、国によって支持されているソーシャルメディアが異なりますので、ターゲットに合わせた対応が必要になります。日本ではLINEのユーザーが最も多いですが、世界的にはFacebookが29億人で最大のソーシャルメディアプラットフォームになります。
またメディアによる情報発信・共有以外にも、直接消費者との接点を深める地域のコミュニティなどの構築も重要な要素となります。ポストコロナ時代では、コロナ禍の反動もあり、地方自治体やNPOなどの支援により、ローカルにおいても積極的なコミュニケーションを求めていくことが予測されます。多様化された中での同じ価値観を持つ小集団は、商品価値の伝達や新たなトレンドを生む貴重な存在となりますので、自らコミュニティを立ち上げたり、関係性の高いコミュニティを見極めるなど、中小規模事業者にとっても積極的に関与していくことが重要になります。

図表6 世界のSNSの月間アクティブユーザー(2022年1月) (出所:総務省 令和4年版 情報通信白書)

3.独自価値を高め、差別化を図るために

⑴企業・事業者として変革する
①変化を受け入れる
 コロナ禍の経験により、急激な環境変化を受け入れることに抵抗が少なくなってきたことは事実ですが、今後はその変化を受け入れ、機会と捉えて柔軟に自らを変革させることが必要になります。また多くの事業者がポストコロナ時代のスタンダードを模索しているため、競争に負けないスピード感が大切です。今後の消費者の購買行動の変化や消費活動の多様化を見越して、新たな商品・サービスの提供をしていかなければなりません。見た目の性年代に捉われることなく、理想の消費から逆算した価値を提供するための工夫をしていくことが、ポストコロナ禍で生き残るために必須となります。

②自社の強みを再確認する
コロナ禍の大きな環境変化により、自社の強みが変化してきている可能性があります。また社会の変化や消費の多様性により、市場の機会と脅威も大きく変化してきており、自らの強みを再確認することが重要です。強みと市場の機会を活かすこと、また市場の脅威を克服し、チャンスに変えていくチャレンジが新たなイノベーションにつながっていきます。過去の成功事例はポストコロナ時代においてもはや過去のものとなり、自らの強みを活かした新たな独自性の追求こそが今後競争に勝ち抜くために必要な要素となっていきます。

③イノベーションを創出する
イノベーションは決して画期的な最新技術の開発だけに限りません。業種や企業の大小は関係なく、その対象は商品・サービスだけでもありません。従来の枠組みや固定観念に捉われず、社会の変化や多様性を受け入れ、失敗を恐れず、許容しようとする考え方・態度に変容することで、誰もがイノベーションを起こすことができます。

⑵環境変化に合わせ新たな需要を開拓する
①国内市場の深耕
ⅰ)トレンドに合わせたニーズの把握

ライフスタイルや価値観が多様化している現代において、ターゲティングやコンセプトを明確にしたブランディングは重要になります。一方で従来的な手法であった性別や年代といった区分に捉われすぎると、本来のニーズを正しく把握できなくなる可能性があります。あくまで性年代などではなく、現在の消費者行動からの逆算で市場ポテンシャルを図る姿勢が必要です。つまり便宜的なグルーピングではなく、消費者の潜在ニーズによって区分けされた小集団を見極める意識を持ち続けることが重要です。多くの情報がソーシャルメディアによって短期間で拡散される時代であるため、エリア特性なども今後次第に薄れていくと推測できます。
「キリンビール」の「キリンホームタップ」は家庭で簡単にこだわりのビールが愉しめる会員制のサービスになります。サービス展開当初は、お洒落な家庭用ビールサーバーで本格的な生ビールが愉しめることをコンセプトとしていましたが、現在は新たなビールユーザーのトレンドに対応し、自社ブランドだけでなく、「ヤッホーブルーイング」や「常陸野ネストビール」とも連携し、クラフトビールの品揃えを強化しています。大手企業の同質化戦略にも見えますが、新たなニーズの獲得や間口拡大の手法、Web宅配サービスによるエリア網羅性に関して参考になる事例です。

図表7 キリンホームタップの商品ラインナップ(出所:キリンホームタップホームページより)

ⅱ)限定性の活用
ECチャネルを活用した販売エリアの網羅性だけでなく、限定エリア(特定店舗限定)による販売網の使い分けも、販売戦略上重要な要素となり得ます。東京駅限定フレーバーや空港限定商品など、通常オンラインで購入できる商品以外に、現地訪問した時だけ購入できる限定感は、消費者のブランドロイヤルティを高める手法の1つとなります。
「東京ばな奈」を販売する「グレープストーン」は限定性を上手に活用している企業の1つで、羽田空港限定や東京駅限定などオンラインショップでは購入できない商品を用意してブランドを展開しています。

図表8 キリンホームタップの商品ラインナップ(出所:キリンホームタップホームページより)

②インバウンド・輸出による拡大可能性
ⅰ)顧客の分析と需要獲得の方向性 

 新たな需要創造に向け、急速に回復するインバウンドへの対策も重要となります。2023年6月までの訪日客の状況をみると、既に北米や豪州からの旅行客は2019年よりも増加しています。また東アジア・東南アジアでも中国を除き、多くの国で2019年の水準を超過、もしくはほぼ同じ水準の訪日客となっています。

図表9 2023年6月までの訪日客の推移と2019年同月比較(出所:日本政府観光局ホームページ発表資料より)

このようなトレンドの中、食品業界においてもインバウンド顧客に向けた各種対応が差別化につながると考えられます。商品のターゲットに海外インバウンド顧客が含まれる場合は、外国語(英語・繁体字・簡体字など)のPOP対応や環境配慮型のパッケージの工夫により購買転換への可能性が高まります。また優れたデザインやユニークなパッケージはSNSの拡散も期待できます。東アジアや東南アジアでは親日国も多く、敢えて日本語を残すことで、日本ならではのデザインとして商品価値を維持できます。一方で何か機能的な訴求や食シーンの提案をする場合は外国語の説明が必須となります。当然国別のトレンド・文化も異なるため、想定するターゲットを明確にした上で、個別の対応をしていくことが望ましいといえます。前述したエシカル消費の高まりや、欧米からのインバウンド顧客の増加により、環境配慮型のパッケージが日本に急速に浸透する可能性があります。環境対応が最先端のEU諸国からの旅行客は、日本の商品の環境対応レベルを見ている可能性があります。極力プラスチックを使用していない商品の選択を徹底するなど、現状の日本人の感度とは異なる側面もあり、将来を見据え先んじて対策を講じることが、国内において差別化するチャンスとなり得ます。特に土産需要を想定した場合は、今のうちに取り組んでいくテーマであり、その取組み姿勢が将来の差別化につながっていきます。

ⅱ)フランスにおける環境への取組み
フランスでは市民の代表から成る団体がまとめた政策提言を基に策定された環境法(2021年公布の気候変動対策・レジリエンス強化法)により、2030年までに温室効果ガス(GHG)排出40%削減を目指していくことになりました。食品に関連する項目としては、商品・サービスの環境負荷を可視化するための「エコスコア」を導入したり、400㎡以上のスーパーの量り売り販売の面積を2030年以降全体の20%以上とするなど、将来を見据えた具体的な施策が法案として制定されています。このような世界的な潮流を自分事として捉え、いち早く事業に組み込む工夫をすることが、独自価値を創出する源泉になると考えられます。

図表10 エコスコアの表示事例(出所:Open Food Facts ホームページより)

ⅲ)食品原材料のグローバル対応
日本における食品添加物(香料・着色料など)に関する規制は、世界基準とは大きく異なっており、今後輸出ビジネスのみならず、インバウンド顧客への配慮でも重要になってくると推測できます。
海外輸出を検討する企業は、商品を構成する原材料をグローバル基準にする必要があり、ターゲットとする国によっては調査のためのコストや時間がかかる場合があります。もちろん日本の法規で認可されている添加物の使用であれば、国内消費において全く問題はありませんが、今後インバウンド需要の拡大により、国内においても何らかの対策が必要となる可能性があります。
例えばトランス脂肪酸の主原料となるPHOs(部分水素添加油脂)の使用については、多くの国で禁止されており、近年で新たに禁止になる国も増えています。将来輸出を視野に入れている事業であれば、グローバル向けのスペックを念頭に入れた商品開発が望ましいといえます。

図表11 PHOsの国別禁止時期

*執筆協力 株式会社 明治 中小企業診断士 中野 将陽

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久保 正英(中小企業診断士・マーケティングコンサルタント)

加工食品事業者や飲食店等の消費者向け商売の「マーケティング」戦略立案と実行支援に日々取り組む。 支援する事業者のスキルや、置かれている事業環境を踏まえた「実現性の高い」支援が好評である。

講演やセミナー、執筆においては、「出来ることから出来るだけ実行」をモットーに、実効性の高い内容を傾聴、傾読できる。

2016年には、記号消費論を活用した「集客の手法論」を広く世間に公開し、その内容が認められ「中小企業庁長官賞」を受賞した。

近年は、存在価値論を支援研究テーマに掲げる一方、農林水産省や環境省の委員を2013年以降現在まで歴任しており、飲食業、食品製造業、農業、水産業といった業種の政策への提言も積極的に行っている。

主な著書に『飲・食企業の的を外さない商品開発~ニーズ発掘のモノサシは環境と健康(カナリア書房)』 『「お客様が応援したくなる飲食店」になる7つのステップ (DO BOOKS・同文館出版)』がある。

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